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「樹」の「何か」を感じシャッターを押しているのか、あるいは、樹の「何か」が私にシャッターを押させているのか分かりません。
樹の写真を撮り始めて間もない私に、何十年、何百年、何千年と生きてきた樹の、その「何か」が分かるはずがありませんし、又、分かる資格もないと思います。
ただ、樹に出会った時、妙に気持ちが落ち着き、素直な気持ちになれるような気がします。謙虚な気持ちになり、樹の囁きが聞こえてくるような気がします。その気持ちはとても心地好いのです。もしかすると、その気持ちが「何か」であるかも知れません。
私は、その気持ちに出会いたくて、森を、林を、山野を駆け巡っているのです。そして、樹に出会い、その気持ちを十分に感じてから、映像の記録として残す撮影を行っているのです。けして撮影を先にしてはならないと思っています。その気持ちを十分に感じる前に撮影したり、生半可な気持ちでシャッターを押したのでは、その写真を見る人に、その時の気持ちなど伝えられないと思っているからです。
都会生まれで都会育ち、都会で生活してきた都会人の私は、自然を一種の憧れとして捉えてきた様な気がします。そして都会人ならではの新鮮な目で、新たな発見をし、人間の力ではどうすることもできない大自然の営みを謙虚な気持ちで受け止め、自分が本当に感動を覚えた瞬間だけを、何の衒いもなく、真正面から素直に映像化していく。これが私の撮影方法です。
ここ数年私は一貫して「樹」をメインテーマとして、撮影を進めてきました。
その中間的成果として、1998年、写真集「旬彩樹」を上梓し、同名写真展を東京・京都・福岡・札幌・大分と巡回して参りました。
その後、撮影範囲を全国に拡大し、内容的にも展開を広げ、樹の花や、水辺の樹なども含め、「樹の国」日本の風景を取材中です。
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